必死に勉強したことはやがて役に立つ!【無駄なんてない】
必死に勉強する。
当たり前のことなのかもしれませんが、「適当に勉強する」のと「必死に勉強する」のでは、後者がより身に着きます。同じ1時間の勉強時間でも質が違ってくるのは言うまでもありません。適当にやったって力にはならないでしょう。
こんな当たり前のことを改めて考えたきっかけが、上司(60代)からこんな話しを聞いたからです。
必死に勉強した20代
その上司は私と同じ20代のころは仕事が終わった後、英会話や司法試験のために予備校、さらにはフランス語学校に行ったそうです。英会話に関しては、世界の共通言語であるため学び、フランス語はフランスに留学したくて必死に勉強したそうです。仕事と勉強を両立させながら遊ぶ時間も削って勉強したそうです。しかし、司法試験もあと少しのところで落ち、フランス留学も社内選考であと一歩のところで落ちたそうです。この時は大きなショックだったと思います。
頑張ったことに意味はあった!
この当時に一生懸命に勉強したことは今に活きているとおっしゃていました。昨年パリに旅行に行った際には、ホテルの予約と航空券の購入だけは代理店に頼み、現地での行動は全て自分で行ったそうです。現地では片言のフランス語で、レストランでの注文・現地でのコミュニケーションをすることで、10日間の旅行を楽しんだそうです。
また、司法試験の勉強で身に着けたのは文章を書くスキルだそうです。私は司法試験については詳しくわからないのですが、「試行錯誤して説得力のある文章」を書くように常に考えていたため、自然と文章力が上がったそうです。その証拠に、音楽雑誌の読者投稿欄に載ったこともあるとのことです。(上司曰く、「簡単には載らない!!」)
必死に頑張ったことに無駄はない!
この話からも分かる通り、必死に頑張ったことは必ず後で役に立つということです。それがいつどこでかはわかりません。
必死になった人だけにしか得られないことなのだと思います。そのことを伝えたくて上司は話してくださったのだと思います。
「今やっていることは役に立つの!?」
と悩んでいるなら、そんなこと考えずにひたすらやればいいのでしょう。
そうすればいつか、私の上司のように活きてくるのだと思います!